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2007年10月14日 (日)

タブーの島 HAT ISLANDへ!

みなさんこんにちは、お久しぶりです。

バスに乗っていて、バヌアツ人のおばさんが隣に乗ってくると100vt払っているはずなのに、60vt分しか座れなくなってしまう今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか?

さて、今回は「Rainbow Project」最終章についてのお話です。

本来ならば、近くの小学校に声をかけて8月半ばにローカルマテリアルで作った弓矢を使って大会を行うはずでしたが、準備の都合・予算の都合でダメになっていました。

が、しかし!!!!

初めから狙いを定めていた最終目標

Hat Island”

での大会開催は無事?奇跡的に行うことができたのです。

Hat Islandといえば2006年9月24日のブログを見てもらえると分かりますが、偉大なチーフ、ロイマタのお墓のある、タブーエリア。

何かなければ入ることができません。

早ければ、来年6月に世界遺産に登録されるんだって!!!!

今回は、一緒にプロジェクトをしているジョージ先生がこの島に関係する村の出身ということで、特別に許可が下り、それも1泊して、自分の作った弓矢を使い魚を採るという大会を開くことの許可も出ました。

このバヌアツに1年3ヶ月生活する私は、最近いろいろなことに慣れっこになってしまい感動という面では少し薄れてしまっていましたが、さすがにハット島にはいれるということでアドレナリン全開。

真っ青な空の下、モーターボートに乗り、いざ、ハットアイランドへ!

カズエちゃんと大好きなドリカムの曲をシェアしながら、ハットアイランドへ向かうこと船で30分。

入り江に船を止め、荷物を運び込み・・・・・。

私たちが持参したのはローカルマットと寝袋のみ。

まあ、星空の下に寝ればいいか・・・と思っていたところ、親切な生徒たちは私たちにテントを貸してくれたのでした。

しかし、彼らは本当にすごい!!!ブッシュナイフ一本で何でも作っちゃうのです。

ビニールシートを屋根にするために木を切り、柱を作り即席テントを作ったり、コンロもあっという間に作ったり。

もちろん、燃やすための木なんてあっという間にヤマのように集まるし。

このプロジェクト、今回はテレビ局の密着取材のおまけつき。

寝る場所の準備ができたところで、撮影が始まりました。

チーフとともにカバを飲み、チーフが私たちに昔話やらこの島のいわれを話すという場面。

当然のごとく、スタッフの一員として一緒にカバを飲んだわけですが、この場面がテレビ放映になった際には、

「チーはカバ飲む、飲むとは聞いとったけど、ここでもカバかいな!」というバヌ人・日本人スタッフの声が聞こえてきそうで、今から不安。

私もコメントをする予定でしたが、チーフが乗りにのって1時間半も話してしまったためテープが切れてしまい取りやめに。

そして、本当に生徒たちが作ってくれたカバを飲めたのは、10時半。

待っている間、人生の中で一番(360度雲ひとつなく、天の川から何から全部丸見え。星が多すぎて星座が分からなかったほど。)の星空を満喫していました。

何だか本当に自分はちっぽけな存在で、自然の一部なんだな~と感じていました。

その後、カバを飲ませてもらい火のまわりに行くと!?

なんと魚やカニの山・やま・ヤマ。

“チー、食べていいよ!”ってことで食べたカニの美味しいこと、おいしいこと。

カニは小さいので、身は少ないけれど本当においしい!

バヌ人は採ることが楽しいようで、真っ暗な海の中に入って採るわ、採るわ。

ここは、人の手の入っていない島。

当然、自然もそのまま、生き物もそのまま。

採り放題ですわね~。

カズエちゃんと持ってきてくれるカニを片っ端から焼いて、「熱い、熱い」言いながら午前1時まで食べ続けたのでした。

~翌朝~

6時前に、外のザワザワ感で目が覚め、というよりは起こされました。

即席の国旗掲揚柱ができており、国歌(Yumi, Yumi, Yumi :Yumiとは、Weの意味)を歌いながらの国旗掲揚&朝の会&魚とり大会の開始。

何かこういったところに、彼らの愛国心を感じるんだな~。

私たちも昨日のカニの味を思い出し、作ってもらった弓矢で漁に行く気マンマン。

・・・が、

「チー、ちょっと上に行ってみない?」とハットアイランドのツバの部分で私たちと一緒に寝泊りしていた現地の人の指差したところは・・・?

断崖絶壁の帽子の部分。

「えっ?道はあるの?」とカズエちゃん。

「大丈夫!」とバヌ人はいつもの調子。

「時間は?」

「そんなにかからないよ。行こう!行こう!」

だまされた感じ半分、この島を上から見てみたい好奇心半分、出かけることにしたのでした。

カニも採りたかったけど。

「・・・・これって道?」とカズエちゃん。

「バヌの道は自分で作るものなのです。」と私。

そうです、このプロジェクトに参加してからというもの、道なき道を歩き、壁のような斜面を歩き、心身ともにかなり鍛えられ、バヌのハイキングとはこういうものだとカラダにたたきこまれていたのです。

登るというよりは、這いつくばって上がると言った方が、正しいでしょう今回は。

頂上につくと、何のために作ったのか大きな鉄塔(展望台)があり、断崖絶壁の頂上からさらに上へ。

しかし、サビサビなうえに、ところどころラダーの部分が壊れて崩れている、といった「もし落ちたら~?」という妄想の世界で怖くなってしまい、半分まであがってリタイア。

しかし、多分ここに来て回りの景色を見た日本人は私たちが初めてでしょう!

ものすごい充実感。

しかし、遠くを見ると雨が迫っているでは!?。

大自然の中で生活していると、向こうから雨がやってくるのも分かるのです。

急いで下山を始めましたが、間に合わず途中から土砂降りの雨。

そしてものすごい勾配の急な坂道を今度は下る、すべる、落ちる。

とりあえず、海岸まで降りて一安心。

その後、ロイマタのお墓を見学。

「これがお墓!?」というくらい簡素なお墓。

しかし、れっきとした偉大なチーフのお墓なのです。

でも、でもみんな珍しいもんだから、お祈りするのは後回しで、記念撮影の嵐。

バヌ人も、ほとんどの人が始めて来たのでワクワク感、丸出し。

私は日本へ帰った際に、もしも世界遺産に登録されて今後、入島が今よりも難しくなったときのことを考え、きっちり記録してきたのでした。

ヤマに登っても、カニは採れると思っていた私たち。

まあ、帰りにランドクラブというブッシュに住むカニを採ったり、木の実を住みかにしているヤドカリにあったりはしましたが、下山したときにはもう大会は終~了~。

さらにまた雨が降ってきて、表彰式は土砂降りの中、半分つぶれたテントの中で。

プレゼンテーターをさせてもらい、なんかテレビに映るところばっかりでオイシイ思いをさせてもらってるな~と思いながら、「美人の特権ね!」とも思ってみたり。(すいませんでした。)

テレビ撮影もすべて終わり、ボートに乗って再び私たちの住むエファテ島へ。

雨がかなり降っていて大変でしたが、本当に快適な2日間でした。

だって電気も水道もガスもない島だよ。

ここで快適に過ごせるなんて、本当にバヌ人に感謝、とともに自分の適応力にビックリ。

まあ、トイレがなかったことだけが唯一のポイントでしたが・・・・。

しかし、大自然の中、外でするのもなかなかですよ!

それでは、長くなりましたが、読んでいただきありがとうございました。

私にとっては、本当に貴重なすばらしい経験となり、ボランティア冥利につきる経験でした。

それでは、また!

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2007年8月27日 (月)

アンブリム島 Workshop その1

みなさん、こんにちは。

バヌアツでは2週間のホリデーが始まり、日本では夏休みが終わろうとしている今日この頃、いかがおすごしでしょうか?

さて、先週金曜日に無事、

「水道なくても、雨水がある! 電気がなくても満天の星空がある! 一週間アンブリムサウスイーストかんづめ

WS」

から帰ってきました。

今日から3回に分けてこの1週間についてお話させていただこうと思います。

      

観光編

      

生活編

      

ワークショップ編

この3編で1週間を語ってみたいと思います。

今日はまず、

    

観光編

私たちは週1便という非常にレアな便で、17日金曜日にポートビラを出発しました。

ワークショップが始まるのは、月曜日なのですが金曜日にしか飛ばないため、金曜入りとなったわけです。

・・・ということで、土日はすること無し。

しかし、現在この島では“ロムダンス”というカスタムダンスをするお祭りが行われているということで、主催者の先生方が手配をしてくださり土曜日に見に行ってきました。

島に数台しかないという車をチャーターし、数人は車内へ、残りはピックアップトラックの荷台に乗り込み出発しました。

途中で近くの小学校に寄り学校見学をしましたが、私は学校見学もそこそこに目の前に広がる美しい海に気を取られ、気がつくとフラフラとそちらのほうへ行っていました。

断崖絶壁・・・とは言っても10Mくらいでしょうか?

真下に広がる外海は何と広くて美しいこと。

風が邪魔?味方?して自分の声を消してくれるのをいいことに、多分バヌアツに来て初めて大声で、本当に声がすり切れてしまうくらいの大声で叫びました。

内容はナ・イ・ショ!!

大声で、それも美しい景色に向かって叫ぶって気持ちいいんだな~って改めて感じていました。

その後、私はピックアップの荷台に乗り、ジャングルクルーズさながらのドライブを楽しみました。

40~50分くらい乗ったでしょうか?

ようやく、村へ到着したのでした・・・。

昔からバヌアツは、村意識の強い国です。

部外者が勝手に村へ入り込むと、簡単に殺されてしまったそうです。

ただ、決められた木の葉を持ち、決められた場所に入ってしまえば誰も手出しができなかったとか。

我々は最初にそんな説明を受け、まさに見学者参加型の形でロムダンス会場へ向かいました。

まず、チビッ子がほら貝を吹き、男の人が木の葉を持ち我々を先導します。

そして、ある広場へ出ました。

そこへチーフがやってきて、このお祭り、このダンスの説明をしてくれました。

このロムダンスを踊るお祭りというのは、男性のためのものだそうです。

男の子が成長するにあたって迎えていく節目、節目にお祭りを開催し、お祝いし、この踊りを踊ったのだとか。

気がつけば、広場には一人も女性はおらず。

(もちろん私たちを除いてですよ!)

その広場というのは、チーフの場所とも言われ、昔、部外者はこの広場に入ってしまえば誰にも手出しができなかったそうです。

この国特有の人形?彫り物?(タムタムと呼ばれるもの)に広場は囲まれ、一種独特な雰囲気のあるところでした。

また、この島はブラックマジックで有名な島です。

覚えていますか?

以前、タンナ島(19日にウルルンでやっていました!)とアンブリム島(そう!ここ!)が抗争を起こし、外出禁止令が出たことを。

その時も、ブラックマジックがらみの抗争でしたよね?

やはり今回もご他聞に漏れず、出ました!チーフの口から。

その広場の横に、小さな小屋がありました。

私はトイレか何かだと思っていたのですが、チーフいわく、

「あの小屋の中には石がある。その石に草を置くと、この島にある火山を噴火させることができる!」と。

この島も火山島で2つの活火山があります。

1泊2日で、歩いて見に行くほか道はないのですが・・・・。

真偽のほどは、別としてカスタムが今も脈々と生き続け、それを信じて止まない人々の生き方に私は感動すら覚えました。

さて、踊りが始まりました。

踊り自体は、そんなに長いものではありませんでしたが、コスチュームが何ともユニーク。

下の写真を見てもらえれば分かりますが、この島、独特のコスチュームなのです。

この踊りはDVDで撮ってありますので、見たい人は帰国後、お申し出ください。

全ての島の踊りやカスタムについての上映会をしたいと思います。

スポンサーになってくださる人は、今のうちにお申し出を!(笑)

その後、歓迎の噛みカバ。

昼間に飲むカバ、そして噛みカバはとにかく効くのです・・・。

みんな、ドロンドロン・・・。

近くの小学校で、お昼ご飯を食べ、また車で40分ほど揺られた後、ゲストハウスに到着したのでした。

少し休憩していると、

「カバ、行くよ~!!」と現地の先生のお迎え。

昼間も飲んだのに・・・と思いながら、飲みに行ったのでした。

楽しみは初日に終わってしまい、そして、何もすることのない日曜日、月曜日からのワークショップへと突入していくのです・・・・。

次回は、我々がどんなゲストハウスで何を食べ、どんな生活をしたかについてお話しようと思います。

それでは、夏の疲れが出ぬよう、新学期に向けて心身ともに充実した生活をお送りください。

では、また。

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2007年8月12日 (日)

バヌ人は、役者ぞろい!?

みなさん、こんにちは。

景色の良いお気に入りのナカマルがあるのですが、今週2度ともカバ売り切れの目に遭いちょっとショックな今日この頃、みなさんいかがお過ごしですか?

さて、今日は久しぶりに授業の話題。

バヌ人は、とっても恥ずかしがりやな国民性だということは前にもお話しました。

しかし、今日はちょっと違うぞ!!!というお話。

今、体育の授業では「Mental Health」の授業をやっています。

人間のココロのメカニズム、ストレスやその対処法など・・・。

もちろんここは教員養成大学ですので、こういったことを知った上で、教育にどう生かしていくかということまで勉強するわけですが・・・。

で、ケースワークとして、

「もし、こんな生徒があなたのクラスにいたら!?」というお題で、グループ分けをして話し合いをしました。

例えば・・・

     友達と仲良く遊びたいのに、なかなかみんなのところへ入っていけず孤立している生徒

     みんなにいつもからかわれ、それを悩んでいる生徒。など

数十分の話し合いのあと、みんなの前でグループごとに発表をさせる形式にしたところ生徒達から質問が!

「先生、ドラマ仕立てにしてもいいですか?」

わたしは、

「もちろん!」

まあ、生徒達のイキイキとしたこと!

俄然、やる気を見せ、

「先生、外で練習して来てもいいですか!?」と飛び出していきました。

いざ、本番。

本当にいつもの彼らかと思うくらいの熱の入れよう。

問題の生徒役から先生、その他の生徒にいたるまでグループで工夫を凝らし面白い!面白い。

私も急いで家に戻り、カメラを持ってきて撮影。

指導の内容は、時々???と思うときもありましたが、とにかく全員が各グループの発表に目を向け真剣に見ていたということでOK。

また、私が指導する4クラス全てで行い、次の学期が始まったらみんなで見ようということになりました。

こちらが想像する授業展開と少し違いましたが、全員が考え、楽しみ・・・といううれしい誤算の授業となりました。

それでは、みなさんカラダには気をつけて!

たまには、仕事もちゃんとしてるぞ!って言っておかないとね。(笑)

では、また。

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2007年7月25日 (水)

National Holiday Week

みなさん、こんにちは。

不覚にも机の上にクッキーを置いたまま一晩過ごしたら、机をアリに占領されてしまった今日この頃、みなさんいかがお過ごしですか?

今、バヌアツはNational Holiday Week。

この期間は、あちらこちらで「ストール:出店」が出たり、催し物があったりととってもウキウキする時なのです。

昨日は、「Childrens Day」でした。

昨年も同様、この時期にはバヌアツにいたので同じようにこのHoliday Weekを楽しんだわけですが、明らかに感じ方が違い、自分ながらビックリしています。

昨年は、赴任1ヶ月くらいで迎えたこの時期。

訳もわからず先輩隊員たちにあちらこちらのお祭りに連れて行ってもらいボンヤリと見てまわったのですが、今年は断然!違います。

どこどこでいつどんな催しがあるとか、どこそこのストールはたくさんお店が出ていて楽しいとか・・・。

しかし、今日のメインはそれではなく、その催し物に自分も参加したというお話。

以前から、ブログに書かせてもらっている「Rainbow Project」。

バヌアツの自然にあるものだけで弓矢を作り、大会を開こうというプロジェクト。

昨日は、バヌアツで1・2を争う大きなストールでデモンストレーションを行いました。

朝からたくさんの荷物をトラックで運び、2時間ほどかけて会場作りを行いました。

弓をひくことができる場所、弓矢の製作が見える場所、など工夫を凝らしてPRを行いました。

さすがこどもの日だけあって、ワラワラと山のような子供たち。

「われ先に!」と、弓矢をひく子供たちや、真剣なまなざしで弓矢を作るところを見学する子供たち。

キラキラした目の子供たちを見ると、こちらのココロも和み、笑顔になります。

が!

結末は意外な方向に!!!!

弓矢は非常に危険なものでもあるのです。

であるがゆえに、安全には非常に気を配り、立ち入り禁止区域を作りVITEの生徒に交通整理もしてもらいながらの開催でした。

しかし、事件は一人の少年が弓矢を打ち損ねたことから。

突然、男の人(いい歳の大人です)が、うちの生徒ともみ合いになりました。

生徒は手を出さず少し距離を置くような感じで、その人から遠ざかろうとすると、さらに激昂して生徒に詰め寄ります。

危ないながらも、責任者の一員として近くで様子をうかがっていると、原因はどうやらその男の人の言いがかり。

要は、こちらは危ない区域には入らないように注意をうながしているのにも関わらず、勝手に入り込み、子供のうち損ねた弓矢が男の人の近くに落ちたんですね。

それで、

「俺を狙ったんだろう!!!」

どこにでもいるんですね、変な人。

でも、それでおさまるどころかそのケンカ?を止めようと入る人、入る人に殴りかかるもんだから、ものすごい乱闘に。

気がつけば、周りはものすごい人だかり。

バヌ人、こういうのを見るのが大好きなんです。

だってみんなものすごい勢いで走って見に来るんだから!

どこからか責任者のような人が現れ、一度その男の人を隔離し、その後ごめんなさいの会が。

何だか、日本の学校でケンカがあったときの感じと一緒で、不謹慎ですがちょっとほほえましくもありました。

しかし、結局その男の人の気持ちは、おさまらなかったようで人に付き添われて強制帰宅となりました。

これだけ大きな迷惑をまわりにかけてしまったということで、即行、撤収。

たくさんの人が、「続ければいい」と言ってくれましたが、やはりけじめとしてやめることにしました。

とは、いっても時間は4時半ころでそろそろ終ろうかというところだったのですけどね。

せっかくの会が、こんな形で終ったのは残念でしたが、子供たちの喜ぶ姿が間近で見られ良かったです。

天気もお天気雨が降ったり止んだりでしたが、大きな虹を2回も見ることができたし。

日本は夏休みですね。

みなさん、カラダには気をつけながら、十分楽しんでください!

それでは、また。

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2007年7月 7日 (土)

はじめての出張。

みなさん、こんにちは。

私も気がつけば、女子生徒と話をする時、バヌ人風に普通に手を握り合っていることに気がついた今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

さて今日は、着任後初めての出張で“アンブリム島”に行ってきました。

本当ならば先週の金曜日に出かける予定でしたが、大雨のため飛行機が飛ばず今日に延期されていました。日本では考えられませんが、島の滑走路はほとんど芝生で舗装されていないため、あまり雨が降ると飛行機は飛ばないのがバヌアツの常識です。

アンブリムというと、“ブラックマジックと火山の島”というのが私たちの印象です。

以前、外出禁止令のブログにも書かせてもらいましたが、ブラックマジックが盛んで、そしてその効き目がとっても高いという島。(もっと前のブログで「ブラックマジックとは“黒魔術”のようなもの」と書いたことがあり、友人に、“ようなもの”って言ったって、訳したらそのまんまじゃん!とツッコまれたことを今でも忘れません)

さらに2つの大きな活火山があり、今でも噴煙、時には真っ赤な火柱が見えることも。

さてさて、なぜ電気も無いようなそんな島へ行ったのかというと・・・。

2ヶ月ほど前、アンブリムの小学校からワークショップをぜひ開催して欲しいという1通のレターが届きました。

今までJICAバヌアツでは、離島、それも辺鄙な(この島には隊員は派遣されていません、というかできないくらい辺鄙な島ということです)場所でのワークショップの開催をしたことがありません。

しかし、今回こういった私たちの活動を認めたくれた上でのオファーをうれしく思い、算数・音楽・体育の3部会で協力して8月20日~24日までの5日間、泊り込みでの出張ワークショップを行うことになりました。

5日間のワークショップとはいえ、週1便しかないフライトのため私たちは7泊8日の予定。

そこで、今回は会場の視察、先方の希望、滞在中の私たちの生活などを話し合うために5人乗りのちっちゃな飛行機で行くことになりました。

写真でもあるようにビラは快晴。

しかし、ビラよりも北にあるアンブリムに近づくに従ってあつ~い雲が。

パイロットさんは若い女性。

そして彼女が一言。

「雲が厚すぎて、下降できないので雲の切れ間まで戻って下降します!」

50分で着くところが、気がつけば1時間半のフライトに。

揺れながらも何とか無事アンブリム到着。

その後、ピックアップトラックの荷台に揺られること10分強。

会場の小学校では土曜日で学校はお休みだというのに、たくさんの生徒が待っていてくれました。

そして、歓迎セレモニーということで、サルサル(いわゆるレイ)を首にかけてもらい、生徒達が歓迎の歌を歌ってくれました。

島の子独特の人懐っこさと笑顔でこちらもニコニコ顔。

学校の施設を少し見てまわり、先生たちとワークショップについての話し合いを小1時間しました。

体育はどんなことを教えて欲しいのか、音楽は?算数は?

意外にも体育が期待されていることを知り、やる気もわきました。

その後、私たちが7泊8日の予定で滞在するであろう宿泊施設を見に行きました。

部屋もトイレもきれいで何とかやっていけそうと思ったわけですが、1つだけ問題が。

シャワールーム。

下の写真にもあるように、これが唯一のシャワールーム。

近くにある雨水のタンクから水を運び、水のままかぶるしかないのです。

しかしワークショップはバヌアツで言う真冬の8月末。

寒いときには10度くらいになることもあるのです。

一緒に行く算数部員、沖縄出身の聖ちゃんは「1週間、シャワー浴びないよ!!」と今から私たちに宣言。

「せめてカラダだけでも拭いて!」とお願いしておきましたが・・・。

ワークショップもさることながら、1週間生きていくために必要なものを考えるだけでも時間がかかりそうです・・・。

一応、食べ物などはすべてむこうで準備してくれるということですが、コーヒーや紅茶、お菓子などの嗜好品はまず手に入りそうにありません。

そういうものは、ビラで買い込んで出かけていくしか方法はなさそうです・・・。

楽しみなのは目の前の火山島。

天気の良い夜は、私たちの滞在するアンブリムから火柱が上がるのが見えるらしいのです。

星空満点の夜空と火山。

今から楽しみですが、その前に私にとっては初めてになるワークショップの準備を頑張りたいと思います。

それでは、また。

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2007年6月24日 (日)

Rainbow Project 2

みなさん、こんにちは。

髪の毛がクルクルのバヌ人達の足や手の産毛もクルクルだってことに気づいた今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

私は、土曜日にまたもや前回のブログでお知らせした「Rainbow Project」のために屈強のバヌ男子達とお出かけしてきました。

どこにというと、私の住んでいるビラから1時間ほど車で移動をした島の北側。

今回は、前回作ったローカルマテリアルでの弓矢をどう生活に使うのかという実践編ムービーの撮影。

TV局のカメラマンを2人同行しての撮影と聞いていたので、私は今回はあのハードなカメラマン係から解放されると内心、ほくそ笑んでいました。

しかし!!!!さすがバヌアツ!!!!

やはりカメラマンはおらず、今回も私のDVDハンディカムが頼みの綱となり出発をしたのでした。

さて着いたところは、前回のブッシュとは比べ物にならないほど厳しい環境。

山の斜面は鋭く、そして、土が軟らかいために石なども全く安定していない。なので、山を登る際に頼りになるものがほとんど無く、一歩一歩確かめながら登っていきました。

このプロジェクトの責任者の先生が一言。

「今日の撮影は、獲物を狙っている猟師が、野生の鶏を仕留めるシーンを撮影する。ちー(私の愛称)は、もう一度下におりて、演じる彼らと共に登りながら撮影してください。」

私は一瞬、耳を疑いました。

あれだけ苦労して登ってきた山をもう一度おりるだって???

彼らと登りながら撮影するだって???

こりゃあ、いいものが撮れるはずがないと思い、その先生と話し、下におりて最初のシーンを撮影し、そのあとはもう一度上まで上がってきてズームを使いながら撮影するということで交渉成立。

だって、こういった撮影って演じる人よりカメラマンが一番、大変でしょ?

それも結構年齢のいっている、さらにバヌ人でもない女の私が彼ら以上の動きをするというのは不可能な話。

なんとか、撮影を終え、2つ目の撮影はさらに厳しい斜面での撮影。

足場の固まらない中、何とか大丈夫と思われる石に腰を据え撮影。

その後、荷物を全てバヌ人に渡し、移動しようと大きな木のつるに手をかけ、向きを変えた瞬間に足元の石が崩れ落ち、滑落。真下に、生徒がおり、ひやりとしましたが、彼はヒョイッとかわして難を逃れました、私の方はというと、寸前につかまった木のつるにぶら下がった状態で危機一髪助かりました。

その後は、海へ移動。

どうやら、弓矢で魚をとるシーンも撮影するらしい・・・。

いいアングルがあまりなく、海にせり出す大きな木によじ登り、そこからの撮影ということに。

なかなか魚は獲れず、ちょっとズルをすることに。

最初に矢を撃つシーンを撮影し、その後魚のついた矢に変え、もう一度撮影。

そ~んなこともやったりしながら、ドンドンと時間は進み最後の撮影が終ったのは6時。

その後、トラックが待つというところまで、やく3kmを月明かりの下歩き続けました。

半月だというのにとても明るく、時々雲で月が隠れると真っ暗に。

しかし、降るような星空と前を歩いている生徒達のきれいな歌声で全く怖さは感じず、むしろ幻想的でとてもココロが休まる感じ。

待ち合わせ場所にトラックはおらず。

多分来るという話のもと、彼らは火をたき始め、そしてどこからともなくバナナやタロイモが運ばれてきました。

ビラから持ってきていたチキンウィングとバナナ、タロを焼き簡単な夕食。

8時を過ぎてもトラックは現れず、私は野宿を覚悟しました。

しかし、彼らとなら全く大丈夫!という安心感もあり、全然嫌な感じはしませんでした。

むしろ、ゆっくり彼らと話をしたり、星空や真っ暗な海を眺めたり・・・・。

ようやくトラックが来て、出発をしたのは10時でした。

長くしんどい一日でしたが、有意義な体験ができ、また楽しい1日でした。

しかし、今日日曜日は一日中、疲れてウダウダしていたことは言うまでもありません。

それでは、また。

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2007年6月15日 (金)

マスメディア、進出!!!

みなさん、こんにちは。

近ごろ、なんだか本をたくさん読みたくなるよね~」なんて隊員同士で言い合いながら、「あっ、そういえばバヌアツは秋だわ~」なんてことに気がつかされる今日この頃、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

さて、先日のブログで、「Rainbow Project」なるものの紹介をさせてもらいました。

今日は、その続報。

プロジェクトとしてはかなり規模の大きいもののようで、企画をした先生は「これを今後のバヌアツに生かしていかねば!」とかなり張り切っています。

さらに、バヌアツの教育省やユネスコにかけ合って、予算の援助や協賛を取り付けています。

そして、「もっとバヌアツの人々にインパクトを与えなくては!」ということでマスメディアへの働きかけも行うことになりました。

・・・ということで、人生初!!

昨日は、ラジオ出演を果たしました。

FM107”というバヌアツのラジオ局へ行き、このプロジェクトのPR。

PRの時間は30分近くとかなりの時間をラジオ局は割いてくれました。

私も、日本語とビシュラマ語で、このプロジェクトの重要さや体育教師からの視点で、子供へのカラダの好影響について話をさせてもらいました。

本当は、今日はTV局へ行き、テレビ出演をする予定でしたが、月曜日に延期に。

しかし、月曜日は時間によっては、行くことができないのでちょっと残念。

来週は、もっと他のラジオ局を回る予定です。

が、来週から教育実習が始まり、一日中、あちらこちらの学校へ指導にまわるので、多分ラジオ出演は今回が最初で最後となるでしょう・・・。

よくJICAの雑誌などを読むと、「先進国から来た小人が、突然、開発途上国に来て巨人になってしまう」という言葉が出てきます。確かに、日本にいたら私は、一介の教員で、これといったとりえもない一般人。しかし、こちらへ来て、こうやってラジオ出演したり、テレビ出演をしたりするチャンスが与えられるということは、まさにこの言葉、そのもののような気がします。

しかし、いつも雑誌に書かれているのは、

「思い上がらないこと」

確かに、そう思います。

「今、できることを 今、一生懸命に」

浮かれたタイトルとはうらはらに、この言葉を忘れず、謙虚にがんばっていきたいと思います。

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2007年6月10日 (日)

弓矢づくり

みなさん、こんにちは。

最近は、なんだかんだとバタバタしてご無沙汰しておりました。

こちらは、季節の変わり目ということもあって珍しく一日中、雨ということもあります。

さて、今、私は配属先の大きなプロジェクトにメンバーの一人として参加させてもらっています。

そのプロジェクトは何かというと・・・、

その名もRAINBOW PROJECT」

前にも何度か、ブログに書いたことがあると思いますが、今年バヌアツは「カスタムエコノミー年」ということで、昔からの文化を見直し守っていこうということに力を入れています。

それに伴い、我が大学では「アーチェリー」に目をつけました。

バヌアツでは、鳥や魚、動物などを獲る時に、弓矢を使います。

最近は、なかなか目にすることはなくなりましたが、島へ行けば今でも使っていると聞きます。

ローカルの材料を使って弓矢を作り、それで大会を開こうというのがこのプロジェクト。

そのために、日本の弓道のルールを調べたり、アーチェリーの協会へ行って話しを聞いたり。

そして、企画書が出来上がった今、いよいよ本格的に動き始めました。

・・・といことで、昨日は先生3人、生徒10名で一日中、山にこもってきました。

っていうか、私は午前中だけのつもりでいたのに、バスの中にお弁当なんかが積み込まれる様子を見て?????。

現地に到着すると、まずは1時間ほどのウォーキング。

途中では、材料の選び方など、ビデオを撮りながらの移動。

行く道々では、生徒や先生がいろいろなことを教えてくれます。

この木には触っちゃダメだよとか、この草は薬になるんだよとか・・・。

そして材料になる木がたくさんあるところに到着すると、そこでようやく弓矢の製作開始。

その製作過程もビデオに収めながらの徹底っぷり。

しかし、バヌ人のすごさはブッシュに来て分かる!というとおり、彼らのたくましさと言ったら天下一品。

大きなブッシュナイフを振り下ろし、どんどん材料を集め、製作していきます。

彼らはみんな、ナイフを使うのが上手。

あれよあれよという間に、弓矢が出来あがっていきます。

お昼ごはんも豪快。

お弁当のサンドイッチもあったのですが、育ち盛りの彼らには足りません。

どこからともなくバナナの大きな房を持ってきて、青いバナナは焼きバナナに。

味はなく、イモっぽい。

しかし、彼らが「ココナッツと一緒に食べてごらん!」とココナッツもくれ、一緒に食べるとこれがまた格別。

自然の甘さとバナナのホクホク感がとても素敵。

どこからともなく食べ物を集めてくる彼らにまたまたビックリ。

私は、ビデオ係に徹してみんなの製作過程を撮り続けました。

最後は、自分たちの作った弓矢で試し撃ち。

生徒の一人が私の分も作ってくれて、うれしい限りです。

そんな頼もしい彼らを見て、「君達となら遭難できる・・・」と思わず思ってしまいました。

そして、今日は休日返上で、昨日のことについてのレポートを書きました。

明日、校長を含めた会議があるんだって。

そこで報告する報告書を書いてくれとのことでしたが、私なんかのつたない英語レポートでよいのやら・・・?

今後もチョコチョコこのプロジェクトがどんな風に進んでいるのか報告させてもらいます。

ポートビラの学校14校に声を掛け、ファイナルが行われるのが8月16日。

あと2ヶ月ちょっと、忙しい日が続きそうです。

それでは、また!

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2007年5月29日 (火)

バヌアツの冠婚葬祭3

みなさん、こんにちは。

こちらは朝・夕、めっきり涼しくなり夜は長袖が必要になってきました。

・・・こういう季節の変わり目に人がよく亡くなるのは日本のみならず、全世界共通のようです。

というのも、今さっきも私のカウンターパート(特に一緒に仕事をする現地の人)とも言えるマダム・エスリーン先生のお母さんが亡くなったということで、彼女の家にみんなで行ってきました。

彼女は、バヌアツ北部のマロ島の出身です。

お母さんはそこに住んでいると聞いていたので、家はどうなっているのかと思いましたが、特に何ということもなく、彼女の家族が悲しみに沈んでいるという状態でした。

家の中に入ると先生が泣いていました。そこへ女の先生達が、何も言わずにただただそっと寄り添い一緒に泣いていました。声を掛けるわけでもなく、何かを話すわけでもなく。男の人たちも近くでジッと下を向いていました。

彼女のお母さんは、土曜日に亡くなったそうです。何度も家族が連絡を試みましたが、エファテに住む彼女達に伝わったのは、日曜日だったそうです。しかし、彼女の旦那さんの体調が良くないので、島へ帰ることもできず、このままここで喪に服すそうです。彼女のお母さんは、4generation(4世代)を生きたと言っていました。さらにお母さんは111歳だったとも。聞き違えたかと思い、確認するとやはりそうらしい。しかし、エスリーンは確か45歳。ってことは、66歳の時の子供!?????う~ん、ここの国の人はかなり数字に弱いのです。

だって同じ年に生まれているのに年齢が違ってもここの人たちは平気なのですから・・・。

まあ、そんなことはさておき・・・。

まるで自分の家族の死を悼むように、悲しむみんなの姿を見てバヌアツの懐の深さを感じました。誰かの喜びは自分の喜び、誰かの悲しみは自分の悲しみ。バヌ人はよく“shealem(シェアレム)”[share:シェア]という言葉を使います。何でも分けっこの意味。ご飯だって、洋服だって、住むところだってみんなで分け合いながら、それが当たり前で生活しています。

やっぱり私はバヌアツが大好き。

幸せな国です。

それでは、また。

2007年5月28日 (月)

バヌアツの冠婚葬祭2

みなさん、こんにちは。

今回は、バヌアツの冠婚葬祭、第2弾!

「お葬式」

先週火曜日、突然“PUBLIC HOLIDAY”になりました。

なぜかというと、Bishop(ビショップ:司教)が亡くなったからです。

バヌアツは、キリスト教徒が大多数の国です。

今回亡くなったのは、バヌアツのカトリック教会関係で最高位についている人だったのです。

バヌアツには3人の司教がいて、今回なくなった人が唯一、バヌアツ人だったとか。

さらにビックリすることがもう一つ。

その人は、私と一緒に働く先生のお兄さんだったのです!

月曜日の夕方から学校のバスに乗り、日本で言う「通夜」なるものに行ってきました。

バヌアツで一番大きいカテドラルで行われており、たくさんの人が列をなして待っていました。

私たちは関係者ということもあり、脇の入り口から入れてもらい棺と対面させてもらいました。

ものすごく立派な棺に、同僚のお兄さんは横たわっていました。

とても穏やかな顔をしていました。

棺には、大きなバヌアツの国旗がかけてあり、彼の地位の高さが伺われました。

死因は心臓麻痺だったと聞き、突然の死であったということで、たくさんの人が涙を流しており、彼の人となりも知ることができました。

彼は、先日ランドダイビングで行ったペンテコスト島の出身でした。

カスタムコスチュームを着て、カスタムミュージックを奏でる人たちが教会前にたくさんいました。

また、ペンテコスト島は、PENAMA(ペナマ)州に属します。

この州の人々は、お葬式があると紫色をしたローカルマットを持っていくそうです。

学校から先生達と一緒に教会に行ったとき、ペナマ州出身の先生達は、みんな紫色の入ったマットを用意し、持って行っていました。

また、教会も紫色の布などが使ってあり、お手伝いをしている人たちの中にも紫色の服を着ている人がたくさんいました。

校長先生が持っていった花も、紫だったと記憶しています。

こちらは全て土葬です。

先日、先生とこんな話をしました。

「なぜ、日本は火葬なのか?」

*日本も昔は土葬だったこと、今となっては埋葬するスペースも限られているため火葬がほとんどだということ。

私から…

「宗教的にバヌアツでは火葬はどうなのか?」

     全く問題ないということ。今、バヌアツは爆発的に人口が増加している。20~30年後には場所がなくなり、バヌアツも火葬の文化になるのではないかということ。

「では、あなたは火葬にして欲しいか?」

     して欲しい。自分だけではなくて他の人もそう思っている気がする。なぜなら、ここエファテ島出身のバヌアツ人は、ごくわずか。みんな遠い島から出てきて働いている。もし死んでも、肉体を自分の生まれた島まで運ぶことはできない。だから骨にしてもらって、小さく腐らないようにして自分の生まれ故郷に持って帰って埋めてもらえたらそれが一番だと思うから。

私の今までの発想には全くない考えが出てきてビックリしました。だって、日本だったらどこにだって何とかして運べるでしょ?

なんか雑談だったけれど、ものすごく深い気がして、またバヌ人の心を少し知れた気がしてうれしかったです。

てなことで、お葬式は短い時間だったけれどいろいろなことを知ることができました。

それでは、みなさん、今週もがんばりましょう!

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