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2007年5月29日 (火)

バヌアツの冠婚葬祭3

みなさん、こんにちは。

こちらは朝・夕、めっきり涼しくなり夜は長袖が必要になってきました。

・・・こういう季節の変わり目に人がよく亡くなるのは日本のみならず、全世界共通のようです。

というのも、今さっきも私のカウンターパート(特に一緒に仕事をする現地の人)とも言えるマダム・エスリーン先生のお母さんが亡くなったということで、彼女の家にみんなで行ってきました。

彼女は、バヌアツ北部のマロ島の出身です。

お母さんはそこに住んでいると聞いていたので、家はどうなっているのかと思いましたが、特に何ということもなく、彼女の家族が悲しみに沈んでいるという状態でした。

家の中に入ると先生が泣いていました。そこへ女の先生達が、何も言わずにただただそっと寄り添い一緒に泣いていました。声を掛けるわけでもなく、何かを話すわけでもなく。男の人たちも近くでジッと下を向いていました。

彼女のお母さんは、土曜日に亡くなったそうです。何度も家族が連絡を試みましたが、エファテに住む彼女達に伝わったのは、日曜日だったそうです。しかし、彼女の旦那さんの体調が良くないので、島へ帰ることもできず、このままここで喪に服すそうです。彼女のお母さんは、4generation(4世代)を生きたと言っていました。さらにお母さんは111歳だったとも。聞き違えたかと思い、確認するとやはりそうらしい。しかし、エスリーンは確か45歳。ってことは、66歳の時の子供!?????う~ん、ここの国の人はかなり数字に弱いのです。

だって同じ年に生まれているのに年齢が違ってもここの人たちは平気なのですから・・・。

まあ、そんなことはさておき・・・。

まるで自分の家族の死を悼むように、悲しむみんなの姿を見てバヌアツの懐の深さを感じました。誰かの喜びは自分の喜び、誰かの悲しみは自分の悲しみ。バヌ人はよく“shealem(シェアレム)”[share:シェア]という言葉を使います。何でも分けっこの意味。ご飯だって、洋服だって、住むところだってみんなで分け合いながら、それが当たり前で生活しています。

やっぱり私はバヌアツが大好き。

幸せな国です。

それでは、また。

2007年5月28日 (月)

バヌアツの冠婚葬祭2

みなさん、こんにちは。

今回は、バヌアツの冠婚葬祭、第2弾!

「お葬式」

先週火曜日、突然“PUBLIC HOLIDAY”になりました。

なぜかというと、Bishop(ビショップ:司教)が亡くなったからです。

バヌアツは、キリスト教徒が大多数の国です。

今回亡くなったのは、バヌアツのカトリック教会関係で最高位についている人だったのです。

バヌアツには3人の司教がいて、今回なくなった人が唯一、バヌアツ人だったとか。

さらにビックリすることがもう一つ。

その人は、私と一緒に働く先生のお兄さんだったのです!

月曜日の夕方から学校のバスに乗り、日本で言う「通夜」なるものに行ってきました。

バヌアツで一番大きいカテドラルで行われており、たくさんの人が列をなして待っていました。

私たちは関係者ということもあり、脇の入り口から入れてもらい棺と対面させてもらいました。

ものすごく立派な棺に、同僚のお兄さんは横たわっていました。

とても穏やかな顔をしていました。

棺には、大きなバヌアツの国旗がかけてあり、彼の地位の高さが伺われました。

死因は心臓麻痺だったと聞き、突然の死であったということで、たくさんの人が涙を流しており、彼の人となりも知ることができました。

彼は、先日ランドダイビングで行ったペンテコスト島の出身でした。

カスタムコスチュームを着て、カスタムミュージックを奏でる人たちが教会前にたくさんいました。

また、ペンテコスト島は、PENAMA(ペナマ)州に属します。

この州の人々は、お葬式があると紫色をしたローカルマットを持っていくそうです。

学校から先生達と一緒に教会に行ったとき、ペナマ州出身の先生達は、みんな紫色の入ったマットを用意し、持って行っていました。

また、教会も紫色の布などが使ってあり、お手伝いをしている人たちの中にも紫色の服を着ている人がたくさんいました。

校長先生が持っていった花も、紫だったと記憶しています。

こちらは全て土葬です。

先日、先生とこんな話をしました。

「なぜ、日本は火葬なのか?」

*日本も昔は土葬だったこと、今となっては埋葬するスペースも限られているため火葬がほとんどだということ。

私から…

「宗教的にバヌアツでは火葬はどうなのか?」

     全く問題ないということ。今、バヌアツは爆発的に人口が増加している。20~30年後には場所がなくなり、バヌアツも火葬の文化になるのではないかということ。

「では、あなたは火葬にして欲しいか?」

     して欲しい。自分だけではなくて他の人もそう思っている気がする。なぜなら、ここエファテ島出身のバヌアツ人は、ごくわずか。みんな遠い島から出てきて働いている。もし死んでも、肉体を自分の生まれた島まで運ぶことはできない。だから骨にしてもらって、小さく腐らないようにして自分の生まれ故郷に持って帰って埋めてもらえたらそれが一番だと思うから。

私の今までの発想には全くない考えが出てきてビックリしました。だって、日本だったらどこにだって何とかして運べるでしょ?

なんか雑談だったけれど、ものすごく深い気がして、またバヌ人の心を少し知れた気がしてうれしかったです。

てなことで、お葬式は短い時間だったけれどいろいろなことを知ることができました。

それでは、みなさん、今週もがんばりましょう!

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2007年5月25日 (金)

バヌアツの冠婚葬祭1

みなさん、こんにちは。

日本は少しずつ暑い日が増えているのでしょうか?

こちらは少しずつ涼しい時間が増えてきました。

こちらに来てからはや11ヶ月。

しかし、この2週間でまたもや初めて、初めての出来事に参加することができました。

それは、「結婚式」と「お葬式」。

冠婚葬祭、これはその国、その国によって全くしきたりが違い、またその国を知るためには大変役に立つ行事です。

そんな重要な行事もしばしば、それも自分の身近なところであることではありません。

今回、2週間の間に2度の結婚式と1度のお葬式に参加する機会がありました。

まずは、結婚式。

最初にこの国の結婚事情をお話しましょう。

この国は結婚する=女性をもらう(買う:言い方は悪いですが・・・)という感覚です。男性に言わせると、結婚をするためにはかなりのお金が必要になり、=女性は高い(高価なもの)という風に思っているようです。結婚するため、必死に町で働いているという人も結構多いようです。また、そのお金がたまらないなどの理由で、正式な結婚をせず「事実婚」の人も多いとか!?

必ずしもお金が必要ということではなく、結婚の申し込みを女性の両親にしに行くと、その親からいろいろなものを要求されるそうです。例えば、ローカルマット(ココナツやバンダナスといわれる植物で編んだ大きなマット)や土地、豚(この国は持っている豚の数で地位が決まるのです)、果物、カバ・・・・もちろんお金の場合も。

ということで、なかなか昔からのしきたりがしっかり残っている国だけあって、結婚も大変なのです。

さてさて、今回の結婚式は・・・・。

自分の生徒の結婚式。ここは、大学とはいえ18歳から38歳までの幅広い年齢層の生徒が学ぶ大学です。ということで、すでに結婚済みの生徒や子持ちの生徒まで様々。

生徒の結婚式ということで、同じクラスの生徒達も多数参加。私の住む島の反対側で式は行われたのですが、ロケーションは最高。海辺の村で、海辺にある教会。海は当たり前に美しい。

こんなロマンティックな場所で、結婚式は行われたのですが、中身はなかなか豪快!

日本と同じように引き出物の習慣があるのですが、その引き出物は、下の写真のように、食べ物。バナナやお米、そしてむき出し、切り出したての牛肉。それを、ポンポンと地面に置き、またその肉をそのまま両手に抱えて帰っていく、そんな光景を目の当たりにしてちょっとビビりました。

今回は、生徒の弟との合同結婚式ということもあってかなり盛大でした。

バヌアツにはアイランドタイムなるものがあります。これは、いろいろなことが時間通りにはいかないということ。時間通りに物事はまず始まりません。

これにもずいぶん慣れて、今では日本に帰っても私自身がアイランドタイムでしか動けないのではと少し心配しているほどですが。

ご他聞に漏れず、今回の結婚式も2時からの予定が始まったのは4時半過ぎ。

さらに、教会の中は暗く、またジェネレーターの故障などで神父さんは懐中電灯を首に挟んでのお説教。

しかし、たまにジェネレーターが働いて、電気がつくと、首に懐中電灯を挟んだ何ともこっけいな格好の神父さんが現れ、私の笑いのツボを刺激してたまりませんでした。

式自体は、素晴らしいもので感動しました。さらに、結婚式が遅れたおかげで生徒達と、結婚する彼女への「おめでとうメッセージDVD」も作ることができ、いい時間を過ごせました。

2回目は、私の住む町ポートビラで。生徒のお兄さんが結婚するということで行ってきました。生徒のお兄さんと言っても、ただ者ではない!!!なんと、首相のSP(ボディガード)を勤める屈強の元ポリスマン。

首相も来ると聞き、張り切って出かけていきましたが、式には現れず。

しかし、爽やかな風が吹く青空のきれいな日で、二人の結婚を祝福するかのようでした。

・・・お葬式についても書こうと思いましたが、長くなりすぎたので今回はここまで!

日本では嫌な事件が続いているようですが、バヌアツではそういったこともなく幸せに過ごさせてもらっています。ありがたいことです。

私事ですが、5月23日の朝日新聞で私の活動が紹介されました。

12月に原稿を書きましたが、意外と早い掲載に本人もビックリ。

ちょっと恥ずかしいような、うれしいような・・・・。

それでは、また。

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2007年5月19日 (土)

ペンテコスト、ランドダイビング!

みなさん、こんにちは、お久しぶりです。

何だか毎日、毎日がアッという間に過ぎていくようで・・・。

5月14日で任期も半分になりました。

このままボヤボヤしているとあっという間に、帰国になってしまいそう・・・。

友人が来バヌしているということもあり、先週は島1周、ペンテコストへのランドダイビング見学と少し観光づいていました。

今回のテーマは「ランドダイビング」

これはバンジージャンプの発祥と言っても良いものです。

高い塔から、足に木のツルをくくりつけた男性達が飛び降りるというもの。

もともとは、こんなことから始まったそうです・・・。

ある夫婦がいました。その夫婦は、あまり仲が良くありませんでした。ある日、奥さんが旦那さんのもとから逃げようとしました。追ってきた旦那さんから逃げるために彼女は椰子の木に登りました。そして、彼女は自分の足に葉っぱをくくりつけ木からダイブしたのです。それを逃がすまいと後を追った旦那さんは木から落ちて死んでしまいました、とさ。

今は男性の行う儀式となっていますが、もともとは以上の様な話があったようです。

現地の女の子が教えてくれました。さらに、その夫婦の名前まで、実は分かっていて教えてくれたのですが、忘れてしまいました。(笑)

当日は・・・。

朝、6時ごろにピックに来てもらい、そのまま空港へ。

7時半ごろペンテコスト島へ到着し、10時半頃まで自由行動。

この日はとても良い天気で、日差しが強い強い。

このとき、どこからともなくたくさん人の乗ったボートがあわられ、あっという間に彼らに取り囲まれてしまいました。

たくさんの子供とお母さん達。

よくよく聞いてみると、今日のランドダイビングで踊るとのこと。

中には、今日「飛ぶ」という男の子もいたりなんかして。

彼らが自分で使うための衣装を草で作るのを手伝ったり、お話をしたり、歌を歌ってくれたり、果物をもらったり。

そんな現地の人と触れ合う素敵な時間を過ごし、いざ、会場へ!

歩いて10分くらいのところに、ありました!

写真やDVDで見た素晴らしい建物が!

建物といっても、やぐら。それも17mくらいのやぐら。

5m、8m、12m、15m、17m(推定)と5段階に高さが分けられ、低い方から徐々に人が飛んでいきます。低いところは小さな(中学生くらい?)な男の子が挑戦。

飛ぶ直前には、大きく天を仰ぎ、祈るようにして飛び降りてゆきます。

中には、躊躇して飛ぶのをやめてしまう人もいました。

しかし、高い方へ行けばいくほど勇者達は、安定した祈りと安定したジャンプを見せてくれました。

命を賭け、ジャンプをする勇者達にただただ感動と尊敬。

最後17mを飛んだ若者に思わず駆け寄り、彼が飛ぶときにつけていたナンバス(ペニスサック)を譲ってもらうように交渉してしまいました。

なんだか、勇気の印というか、勇気のお守りのような気がして。

このナンバスは、バヌアツの伝統の衣装でもあります。

日本へ帰った際に、生徒達にビデオを見せながらこういったカスタムコスチュームを見せることができるように今からいろいろなものを集めています。

みんなからは、「まさかアンタそこまでやるとは・・・!」と言われましたが、「本当は結構羨ましいんじゃないの?」って私は感じたのでした・・・。

とにかく文章では伝えられない感動。

写真くらいしか載せられませんが、少しでも分かっていただけたらと思います。

ビデオもバッチリ撮ってありますので、もし興味のある方は帰国後にでも声をかけていただけたら解説付きでお見せしますよ!

それでは、また!

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