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2006年9月24日 (日)

ロイマタの伝説ツアー

みなさん、こんにちは。

今日は、シニアボランティア観光業でバヌアツ勤務していらっしゃる方の主催ツアーに行ってきました。

その名も「ロイマタ伝説ツアー」

なんだそれ?という声が聞こえてきそうです。

詳しいことは

http://vanuatu.sitedekanko.jp/roymata.htm

を読んでいただくことにして、概要だけここに載せておきます。

バヌアツの中西部には偉大な指導者、ロイマタ(名前)がいました。

彼は、敵対する島々をまとめ、平和で穏やかな国を作り上げました。

しかし、嫉妬に狂った兄弟の毒矢に倒れてしまいます。

悲しんだ家族たちは、彼を連れて統一した島々をめぐり、お別れの挨拶に回ります。

その後、レレパ島にて亡くなり、レトカ島(ハット島)に埋葬されました。

・・・というのが大体の話の内容ですが、文字が現れるまでは、口から口へと文化が伝承されてきました。

この話も、実は言い伝え。

しかし、1967年に調査団が入り、調査を行ったところ驚くべきことがたくさん分かったんです。

何が一番すごかったかというと、伝承がいかに正しいものだったかということ。

たいてい、そういった類の伝承は、長年伝えられていく間に、尾びれ背びれがつきどんどん変化していくものですが、埋葬された場所から人数、細部にいたるまで正確だったそうです。

今日は、そのロイマタの住んでいた村、最後亡くなった島(レレパ島)を訪ねました。

残念ながら、お墓のあるハット島(下の写真でも分かると思いますが、本当に帽子の形をしていますよね)はタブーということで行くことができませんでした。

今でも、この島は特別な調査以外は、島に上陸することはできないそうです。

こういったバヌアツの文化に触れる機会を持つことができて本当に良かったと思います。

しかし、今でも解明されていないのが、ハット島への輸送ルート。

言い伝えでは、海中洞窟を通って行ったとされているそうです。

しかし、いまだにそのルートは発見されていないとのこと。

でも、それ以外の話しが本当だとすると・・・・。

700年の時を越え、地震や地殻変動などで道が崩れてしまったのかもしれません。

とにかく文化に触れる貴重な体験ができました。

また明日から、がんばるぞ~!!

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コメント

初めまして、PNG在住のTと申します。エファテ島の橋の写真を探していたら、このブログにたどり着いてしまいました。
協力隊生活ご苦労様です。なかなか、好奇心旺盛でたくましい方ですね。当方、建設会社の南太平洋担当で、トンガ/サモア/フィジー/バヌアツ/PNGとこの辺をウロウロしてます。バヌアツのリング道路と橋もやらせていただきました。先々週もバヌアツに行ってたんですよ。
10月の下旬にも行く予定にしています。
そろそろ、暑くなってくる時期とは思います。健康に気をつけて頑張ってくださいね。

シャラポアサユリさん、先日はコメントありがとうございました。私は元気ですよ!いつも助けてもらっています。。。バヌアツはよかとこですよ!このロイマタツアーも古代のロマンに触れたよい旅でした!日本は今から寒くなりますね。どうぞお体お大事にされてください!また、時々この場を借りてお話しましょ!KAIさん、またお邪魔しますね!

おいおい。香ちゃん、あなたと連絡を取りたがっている彼女は紀香さんですよ!さらに、ネームがkyokioって言うのはいったい・・・。もう笑わせてくれるんだから・・・。

kyokioさーん!元気で何よりです。そうバヌアツは、よかとこですかぁー! ばってん・どげんしよっとかーとおもっとりましたぁー!お忙しいと思いますが、時間があったら楽しい?お話聞かせて下さいね。(kaiとkyokioさん二人よれば、必ず何かありそうです。♪♪♪)

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